発達障害の受け入れ方




自分や家族の発達障害をどう受け入れている?

発達障害は、自分や子どもに特性があることを認める受容が最初のハードルなのかと感じます。そこがクリアできていると、その後が非常にスムーズに進んでいける。
私がどんな感じで、自分と子どもの発達障害特性について受け入れているか、Q&Aを作成してみました。ご参考ください。

Q.子どもや自分に発達障害の特性があると知ったときは、ショックだった?

さよ

自分の特性については、ショックというより、自分の生き辛さの理由がわかって、ほっとした。自分の思い込みじゃなかったんだ、と。
息子に関しても、私自身の経験などからある程度予想していたので、そこまで驚かなかった。

特性のない親子とのつきあい方は?
遠慮したり、卑屈な気持ちになることはない?

さよ

発達障害=劣っているとは思っていないので、特に意識していない。対等につきあっているつもり。
ただ、相手に一方的に嫌われている?と思うこともちょこちょこある。そういう時はなるべく距離を置いて、あたらずさわらずを心がける(笑)

自分や子どもが人並み外れてできないことにいら立ったり、劣等感を感じることはある?

さよ

自分に対しては、余計な時間がかかったり、ミスが多かったりするので、イライラしたり落ち込んだりはしょっちゅうある。ひきずったりはしないけれど。

そこまで落ち込まない理由として、得意分野でリカバリーできているからだと思う。

子どもに関しては、別の人間と割り切っているので、短所へのいら立ちや劣等感はさほど感じない。残念だと感じることはあるけれど、自分も似ているし、それでも何とか生活できているので、子どもも大局観的には大丈夫だろうと思う。

発達障害者は少数派。孤独感を感じることは?

さよ

幸いなことに、深い部分で理解しあえる家族や友人がおり、交友関係の幅は狭い方だと思うが、深刻な孤独感に見舞われたことはない。

また、どんなに少数であっても、世界には自分と同じような境遇の人が必ずいて、その人たちと悩みを共有していると思っている。

まとめ

自分に対しても他者に対しても発達障害の特性を受け入れるコツとして言えるのは、まず、個性の一部として、フラットに受け入れること。”障害”という名前にネガティブなイメージが伴うかもしれませんが、実際は血液型とか利き手とか運動が得意とか苦手とか、そういう個性のひとつぐらいに思っておくことが大事かもしれません。
発達達障害特性だけにとらわれると、それ以外の数多くの長所が見えなくなったり、生かせなくなったりするおそれがあります。

そしてもう一つは、悩みを抱え込まず、共有化、一般化していくこと。発達障害は人それぞれ、といいますが、悩みごとの内容は、けっこう普遍的でありふれています。例えばADHDは片付けが苦手といいますが、片付けが苦手というのは、ちっとも珍しい悩みではありません。
陳腐な悩みなのですから、例えなかなか片付けが上手くならなくても、周りも比較的寛容だし、解決方法も巷にあふれています。探せば、答えは意外と簡単に見つかるのです。
悩みを”自分だけのもの”と早合点しないで、実際の友人でもネット上の誰かでもいいので同じく困っている人を探して、解決方法を試していく。悩みはもぐらたたきのもぐらのように出てくるかもしれないけれど、同志も頑張っていると感じられれば、これがフツーかも、と思えてきます。