小学校に発達障害児への合理的配慮をお願いしたらどうなったか。~合理的配慮後の話~




小学校1年生のときに学校から不適応行動を指摘され、発達支援センターで検査、ADHD傾向があると言われた息子。
すぐさま学校に報告し、合理的配慮を願い出ました。↓詳しい内容はコチラ

それから、学校での生活はどのようになったか、2年経ったので後日談を載せたいと思います。

①支援員のつくクラスになった

配慮を申し出た翌年と翌々年、クラス替えで支援員のつくクラスになりました。

おそらく私たちが学校側に発達障害児への配慮をしてほしいと伝えたことで、学校が教育委員会に支援員を要請したのだと思われます。

学校からの説明は一切ありませんが、支援員は児童1人に対してつくのではなく学級全体に対してつくようです。
息子の話や授業参観の様子などからも、支援員さんは息子だけをみているわけではなく、他の支援の必要な子たちと関わったりすることも多いようでした。

②担任が学年主任レベルの実力者になった

1年生の時に比べ、2年生と3年生は担任教師の質が明らかに変わりました。

1年生のときの担任(非常勤おばちゃん先生)から激変したポイントは2つ。

1.子どもの良さに気付き、子どもと信頼関係を築ける

2.個人面談で、自分の主張を押しつけるのではなく、親の話が聞ける

こちらも私たちが物申したことで、校長が児童だけでなく、問題児を持つ親との対応も安心して任せられる教師を息子の担任にしたのだと思いました。

良かったこと

私たちが学校に発達障害傾向のことを伝え、配慮を申し出て、実際に良かったと感じていることを挙げます。

1.我が子の良いところを見つけてくれるようになった

良かったことの一つ目は、学校が息子の学校不適応な一面だけではなく、知的好奇心や発想の豊かさ、独自性など良い部分にも目を向けてくれるようになったことです。

担任の先生が授業で発言の機会を与え、クラス全員の前で評価することで、息子に自信をつけてくれるようになりました。これは息子に限らず、全ての問題児に対して有効な手段であり、学校の対応としては王道という感じですね。

2.対人トラブルの際、我が子の言い分も聞いてくれるようになった

学校に問題児認定されていると、クラスメイトとのトラブルがあったとき、どんな時もその問題児が悪い、という結論にされてしまう傾向があります。「きっとまたあの子が悪いに違いない」というバイアスが先生やクラスメイトの中に最初から存在するからです。

まさに1年生のときもそうで、担任教師は息子の言い分もろくに聞かず「暴力をふるった息子が悪い」と一方的に注意をされていたのでした。

担任教師が変わってからは、息子の話もちゃんと聞いてくれるので、息子が困った理由がはっきりわかって、家庭での対策も立てられるようになりました。

3.個人面談で言われることが変わった

1年生の時の個人面談では、担任教師は教師やクラスの大半の子にとって息子の言動がいかに困っているかの話に終始していました。息子への寄り添いも、親である自分への寄り添いも全く感じられませんでした。そんな教師に、ただ学校への不信感が募っていくだけでした。

担任教師が変わってからは、息子自身が何を困っているか、息子の視点で見た学校生活の問題点を話してくれるようになりました。同じ事象でも、誰の視点に立つかで、印象は大分変ります。また、学校ではどういう支援をしているか、ということを具体的に話してもらえるようになり、学校もやれることをやってくれている、という学校への感謝の気持も徐々に芽生えてきました。

結果、1年生の頃に私が感じていた、「このままだと学校になじめず、じきに学校に行けなくなってしまうのではないか」という不登校への不安が、大分少なくなりました。

人間関係のトラブルはなくならず、学校の限界も見える

良かったことを書きましたが、良かったことばかりかというと、そうではありません。
担任教師と息子の関係性は改善しましたが、周囲の子ども達と息子のトラブルは変わらず、学校からトラブル報告の電話が来る本数が減ったというわけではありませんでした。(もちろん、トラブルから成長してくれると思うので、トラブルの数が多いこと自体が悪いということではありません)

また、学校なりの合理的配慮に感じるのは、学校の発達障害児への理解が進んだのではなく、支援員や担任のマンパワーで一時的に状況が改善できているだけだということ。学校の体制とかシステムとかもっと恒久的な環境が変わらなければ、今学校になじめていない子の救いにはならないんじゃないかと思うんですが。

支援員がいなくなったり、担任が変わることで、1年生のときとまた同じ状況になるんだろうな、ということは簡単に想像がつきます。

もちろん、その間に本人が成長して、学校生活上の課題がなくなっていけばいいんでしょうが、特性の性質上、劇的に課題をクリアできるようになることは、まずありません。

学校が考える「配慮」と私たち保護者が望む「配慮」とは、蓋を開けてみると、やはりずれているのだと思いました。学校についていけない子に対しての根本的な真摯な取り組み・改革はいつの時代も後回しなのだと現実をつきつけられました。

家庭でやるべきことが明確になってきた

もちろん、そもそも学校でできる限界というのもあります。学校でうまくいかないことは仕方ないとしても、まだ子どもである我が子の「人生がうまくいかない」ことは家庭の責任である、と改めて感じました。

私が今家庭としてできることで、結果的に学校生活を支えることになると考えているのが次の3つです。

我が子との信頼関係

学校の悩みは、すぐに対応することが鉄則とのこと。
なぜなら事実関係が人の記憶を頼りにするため時とともにあいまいになっていくから。

小学生でも中学生でも、学校でのトラブルや気がかりなことを、親にすぐに話してもら関係性を維持していくことはやはり大事だと感じます。

対人スキルの習得

小学校の低学年までは、お友達との関係が悪くなっても、先生が介在して、何とか丸く収めてくれます。
でも、学年が進むにつれ、先生が何と言っても「嫌なものは嫌」というようになってきます。
いじめも子ども達は悪いこととわかっていながら、親や先生の言うことよりもクラスメイト達の言うことを信じたり、優先させるから起こることでしょう。

小学校高学年くらいからは、子ども本人の対人スキルがものを言うようになってくると感じます。それぐらいまでに、子ども自身が対人関係を良くするための方法を身に着けていないといけない。療育的なアプローチであったり、より対人スキルが向上するような支援方法の見直しをしないといけないと思っています。

 

環境への対応力をつける

学校というのは、1年ごとに、クラスメイトも担任も授業内容も授業時間数も行事も、学校の中で求められる役割も変わる、非常に変化に富んだ場所です。

大人だって異動は大抵3年おきなのに、子どもは毎年がらりと変わって、本当に大変です。
その都度、変化に対応していかないといけないのは、もともと学校に適性が乏しく、不器用な子にとってはひと苦労。
変化に適応していくために、自分なりに準備したり、心構えをしたり、変化を嬉しいことと受け取れるようなしかけを作っていくことも、家庭で手伝えることだと感じています。

環境が変わって、それまでうまくいっていたことがうまくいかなくなる。そこからいかに立て直せるかが大切。

年度またぎや、大きな環境の変化があったときには、その変化後の子どもの姿に注目すると、本人がどれだけ生き抜く力を蓄えているかを見極めることができるのかもしれません。

通常級在籍は、茨の道に変わりなし

発達障害特性がある子の通常級在籍は、例え学校に配慮を願い出ても、苦難の連続であることに変わりはないです。以下その理由です。

●そもそも学校のシステムが特性と全く合わない
●発達障害の子どもたちへの理解を求めても、学校単位では何も変わらない
●学年が上がるにつれ、問題が形を変えるので、常に困難に直面する

もちろん、支援員の先生がついたことや担任の先生が変わることで、学校生活での困り事レベルが下がったのは、とても良いことでした。
ただ、こういう本質的ではない改善は、いつ梯子を外されるかわからず、一抹の不安を煽られることも事実。

配慮を受けられる間に、いかに本人の適応力を上げていくか。

また、家庭として、以下の点が問われていると身に染みて感じます。
・子どもの”今”の問題を正しく把握できているか
・これからも継続して子ども支援していく環境を整えていくことができるか

親の仕事は1回学校に配慮をお願いして終わり、ではないですね。
一年毎に多くの教員が変わり、多くの物事がリセットされてしまう学校生活で、特性を持つ子どもがどの学年でも自分らしく生活が送れるように、長期的に支えていくのが保護者の役目だなあとしみじみ思います。

同志のみなさま、引き続き頑張りましょう(^^)